本・読書感想等

2017年1月15日 (日)

閉架からのプレゼント、こんな人がクビになる&値段が語る僕たちの昭和史

値段が語る僕たちの昭和史  高橋孝輝著/主婦の友社/2001
本書をいわゆる”団塊の世代”と、その貧しかった時代を知らない”団塊ジュニア”たちに捧げたい。父ちゃんたちはこんなに貧乏で、バカだったのだ。(本書より引用)
 
物価で懐古する本。
週刊少年サンデーが30円だったのは記憶違いではなかった!。
ダットサン(720cc)の80万円(1955年)は銀行員初任給の140倍、
国民車構想をへて昭和41年にカローラ49.5万円、
サニー46万円で登場し、同20倍を下回る。
大学授業料
国立大学は昭和24年の年3600円から始まり、12000円(1963/S38~1971年)。
実に安かった! 慶応や早稲田は年8万円(1966/S41~1971)
銀行初任給は2.5万(S40)。
1970年代には国立も私立も狂ったように値上げされたとある。
 
こんな人がクビになる  角川書店/2001
夕刊フジで連載したリストラ事例の生々しいルポ記事集。精神的にタフな方向けの読み物。
サブタイトルは「リストラされた78人の教訓」ですが、教訓らしいことは少ないです。
20歳代から50歳代まで幅広く収録されています。
 
『非情の解雇通告、一方では天下り受け入れ』47歳、建設コンサルタント会社
こんな感じの見出し構成で綴られます。
自分に近い例を探して読むのがお勧めかも…。
事例が一覧できないのが欠点ですが、公務員の例は無いようです。
 
関連

2016年11月28日 (月)

大統領の演説に見るパックンの視点

『大統領の演説』 パトリック・ハーラン著、角川新書
 

ただ今読書中だが、読み応えのある本。

2016/7/10出版なので、執筆は6月頃までと思う。
つまり今年の大統領選挙の夏場以降のことは触れられていない。新しい所ではオバマ大統領の広島演説が収録されている。
 
Photo_2 本書のネライは歴代アメリカ大統領の名演説とそれが生まれた背景や人となり、演説技法の分析と解説であり、その内容が大半なのだが、どうしても今年の大統領選挙のあの二人のスピーチへの分析が読みたくなる。
 
1章分書いてあるのだ!、そっちを先に読んでいる・・・
ドナルド・トランプが大統領選挙に当選した理由が良くみえてくる。選挙後にはさまざまな分析記事をみたが、日本人の書いたものは上っ面みたいでつまらなかったが、この本はアメリカ人により、しかも当選の有無とは関係なく書かれている。
 
スピーチ下手な嫌われ者ヒラリー。
デマゴーグなトランプ。
怒れる社会主義者サンダース。
 
彼らのスピーチも分析しているが、願わくば選挙を最後まで見届けてからの執筆になればもっとタイムリーな本となったことだろう。
 
既にコメディアンから一流コメンテイターヘと役どころを替えているが、それもうなずける本である。
 
大学受験にも出そうな英文もあるが、プレゼンテーション技法としても読みたい本である。

2016年8月 1日 (月)

老人喰いが終わらない社会の病

奪われる前に与えていれば、こんなことにはならなかった。
 
Photo_3 老人喰い--高齢者を狙う詐欺の正体 鈴木大介著(ちくま新書)
 
 鉄道人身事故や特殊サギのニュースは日常化してしまい、不感症になってますが、それでもNHKの首都圏ニュースでは連日、詐欺被害を伝えています。金額が少ない事件は報じていないのでは、と思うくらい被害額が大きいです。
 「これだけ注意しているのに、騙される人が後を絶たないな」と、(まだ)被害にあっていない人は呆れるだけで、関心も無くスルーしてしまいます…sweat01
 
この本はオレオレ詐欺(振り込め詐欺)の犯罪者側の生態を取材して物語風に書かれています。この犯罪が組織化されているのは前から報じられていましたが、その階層や詐欺師(プレイヤー)を養成する研修風景や稼業に入ってくる若者達の生態や生い立ちなどの人間模様を描いている所がリアルです。
 
 組織は、金主(きんしゅ。オーナーの事で株主に相当)、番頭(取締役社長)、複数の店舗(店長、プレイヤー)、一店舗はプレイヤー三人で一組となり三組位あるそうです。
 その周辺に、名簿屋、道具屋(トバシSIMカード)、集金店舗(ウケ子を管理する組織)がサプライヤー見たいにいるとのこと。被害額565億(H26年)ですから、まさしく一大業界を成しています。図は警察庁より引用(クリックで拡大)。
 Photo_2
 
手口は高度です。自分と親族の名前を知っている場合もあります。奴らは下見調査と称し、市役所や警察の名をかたって高齢者の情報を探ってから本番を仕掛けてきます。
 
著者は、老人喰いとは現代日本の階層社会、格差社会が生み出した犯罪であり、豊かな老人層と貧困若者層という両極の結果だと言うのです。そして、老人層はため込むのではなく、貧困若年層に対し「与え・育てる」ことをすべきと訴えます。それが冒頭のサブタイトルです。
 
誰でも今は騙されないと思っていても、あと10年20年もしたら、もうろくしたり単身者となるかもしれせん。その時に騙されないという保証はありません。
電話機の前に、『電話でおカネの話しは、全部サギ』と貼り紙しておくしかありませんね。
 
著者の想いが強く脈打つ物語風に書かれているので、クールなルポルタージュとは違って読み易さを損なっているなという読後感があります。
良書ですが、同じように社会の暗部へのルポでもっと衝撃を受けたのは下の本です。最近の凄惨な事件もありましたから、そちらを先にお勧めします。
 
関連
 
 
 

2016年7月19日 (火)

芥川賞受賞作品、コンビニ人間って自分のことか?

一瞬、自分のことが書かれた小説か、って思う人も多いんじゃね。

そんな勘違い続出をもたらすタイトル。
ベストセラー間違いなしかな。
 
村田沙耶香著。

2016年4月 3日 (日)

小田嶋隆氏の超反知性主義は本よりも日経コラムの方がいいね

日経ビジネスオンラインの人気コラムを本にした

 
本人いわく、引きこもり系コラムニスト小田嶋隆氏によるコラムが日経ビジネスオンラインで毎週末に記事がアップされます。人気があるためランキングでは頻繁に上位に来ます。
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人気の理由は、漠然とした違和感を持ちながらも日々の話題を受け入れてしまいがちな中で、ユーモアと彼独特の視点で切り込み、モヤモヤ感を払しょくしてくれるからだろうと思います。
過去記事を再編集して集めたのがこの本らしいです。でも本を買わなくても日経サイトで新しいコラムが読めます・・・coldsweats01。ラジオでも月曜日かな、彼が出る番組があります。
 
読んだこともある内容とそうでないのが混在した感じですが、Web記事と比べて何か物足りないため、読むペースが上がりませんでした。
 
どうやら、元記事に手を入れたらしいです。面白い与太話がカットされていて、その饒舌さが無いために、Web記事の印象からは随分と堅く重苦しい内容に変質しています。
 本当は、もっと快活に語っているのに。
 
本書で印象に残ったのは、「美しいニッポンの本音」の中のヤジが飛び交う国会審議の様子についてのくだり。
 
・・・「お互いに手の内を晒した質問と回答について、それぞれが手元ペーパーを読み上げ時間通りにやる、BGMすら流れない朗読劇だから・・・
 
市議会を傍聴した体験が蘇りました。
 
反知性主義とは本来は、現在の主流の知性や理論を壊して次へ進みたいという別の知性の事らしいですが、日本では理論や合理性を無視する態度、つまりは感情的で無知なる言動を意味するようです。
たんなる遠回し的な言い方かもしれませんが、「反」だけを付けたためにヘンな感じを受けます。

2016年1月 6日 (水)

社会的包摂よりも社会的居場所のほうが分かりやすい

弱者の居場所がない社会--貧困・格差と社会的包摂、の感想
 阿部 彩 講談社現代新書
 
ソーシャルインクルージョン。「一億総活躍社会」で政府が選んだ民間議員の菊池桃子が発言したため最近マスコミにも扱われました。
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「社会的包摂」と訳されますが「包摂」なんて普段は使いません。辞書では「つつみ入れること」。
反対が「社会的排除」なので、対比でいうと「仲間外れにしない」という意味でしょうか。良い日本語訳がありません。無排除社会でも何かヘンです。
 
著者は貧困問題の専門家ですが、この言葉は以前から使われていたようです。マスコミはタレントの言葉に飛びつきましたが、2011年1月に官直人総理大臣の直属に「社会的包摂推進室」が作られていて、派遣切り問題が注目された頃から芽生えていたようです。が、直後の大震災で活動がどうなったのかは良くわかりません。
 
内容は、食べるに事欠く絶対的貧困と相対的貧困の違いや日本人に根強い「精神的貧困」や「清貧思想への憧れ」など分かりやすく扱っています。
思うに、この問題では「贅沢をしなければ生きていける」風の精神論がありますが、それは暮らしに余裕のある人の「いいわけ」に過ぎないと思う。また、モノを長く使い、簡素な生活をすることに美意識を求めるのも嘘っぽいと思う。衣類や家電にしろ日本人は新しいものばかりを欲しがりますからね。
 
経済問題での貧困だけではなく、その人の社会的な位置や人間関係まで広げて、排除しない社会的包摂という概念を力説しています。その具体的な形が「居場所」や「社会的サポーター」の有無だという。
 
社会的包摂という物言いよりも、この「居場所」という言葉の方が的を射ていると思います。最近のショッピングセンターでも滞在型消費を追求していて、カネを使わなくても長時間居続ける人(だいたいは老人)が増えていたり、図書館などの公共施設もそういう傾向にあります(物理的居場所かもしれませんが・・・)。
 
今問題なのは相対的貧困ですが、なるほどって思ったのは「強制的消費」の多さの指摘です。フツーに暮らすための最低生活費のこと。スマホ、冠婚葬祭の交際費、テレビや冷蔵庫等々が挙げられていますが、個人的にはもっと大きいものとして住宅費用があると思います。
カネが無ければ老朽した安い木造アパートでもと思うけれど、今はそんな物件は少なく、こぎれいな軽量鉄骨やコンクリート系の賃貸住宅が多くなりました。家主側も立て替えて資産運用に励みますから、家賃は高くなりがちです。
また教育コストもバカになりません。
 
ようするに日本人の「生活固定費」が昔よりはるかに高くなったと思います。成熟社会の結果だから悪い事でもないのですが・・・
その一方、収入面で不安定な非正規雇用が定着したこと(これが一番の原因と思います)。更には家族を作らない生き方の弊害という面もあるでしょう。
 
格差問題では、公衆衛生学者リチャード・ウィルキンソンの有名な研究を解説していますが、もっと日本国内での分析データがあれば、とやや物足りないです。
 
包摂の理念をまっとうすることには難しいものがありますが、反対の「排除」の方はかなり目につく時代になりました。
ヘイトスピーチはその典型ですし、移民や難民問題もそうでしょう。また非正規労働、同性婚のような問題もそうかもしれません。

2015年10月10日 (土)

大げさでも他人事でもなく増えている「ニッポンの貧困」

慈善よりも投資という視点だが、普遍的救済と選別的救済のジレンマ
 
ニッポンの貧困 日経BP社 中川雅之著 
 
Photo_2 日経からでた貧困問題の本ということで、朝日や毎日とは違った視点で扱っている。 日経ビジネスオンライン上でも読めるが、8月に出版されたばかりで図書館にリクエストしたら蔵書として買ってくれた。
 
相対的貧困率で2000万人、2014/4月消費増税時に一万円の特別給付対象となった人は2400万人いるという。
 
慈善よりも投資」というように、可哀想だから助けてあげる、ではなく貧困対策へ投資をすることで、社会全体として経済的メリットがあるという事を訴えていた。でも、それは最後の方にゴールドマンサックスや西友など外資企業のCSR活動として出ているだけでやや物足りない。ちなみに、日本企業ではあまりやらないらしい。
 
目についたのは首都大学東京、阿部彩教授の話。「貧困投資は一人当たり、7000万円から一億円の社会的利益を生む」という試算。
例えば、高校中退の18才の人が、職に就けず20歳から65歳まで生活保護を受給した場合5000万から6000万くらいのコストになる。
しかし2年間の職業訓練(460万円)を経て、20から60歳まで働き続けられれれば、納付する税金や社会保険料は非正規なら2400~2700万円、正規雇用なら4500~5100万円になるという。
つまり支えられる側から支える側(納税者)へ転換することが重要だという。メリットは医療費削減や犯罪抑止にもつながる。
 
なるほどと思ったのは、シングルマザーの子育てや進学等々の事例は良く扱われる可哀想な例だ。つまりマスコミが取り上げる貧困問題のルポルタージュ記事は読者の共感を呼びやすい例に限られるという指摘。
実際に子供の貧困は子供に過失が無いことが明瞭だから福祉で無条件に救済すべきだろう。だが大人の場合は選別されるかも、と言う見方だ。たしかに酒、借金、暴力で貧困に陥る例は記事にしないらしい。普遍主義と選別主義と言う考えがあることを知った。
 
2章「教育ゲームが将来を奪う」や足立区の教育支援の取り組みも良い内容だった。
 年間一兆二千億円の奨学金という数字は、裏返せば学生が背負う借金のこと。しかし1980年と2014年比較で国立大学(18万円が54万円)、東京の私立大学で30万円が74万円へ。実際は施設費等もあるから文系では100万円強位だが、大学授業料が2-3倍高くなったという。この間の物価上昇と比べても際立つ。
しかし現実はもっと増えそうだ。都内の私大ではグローバル化対応で入学後に留学を必須化する動きがあり、ますます学費負担は重くなる。
そしてなによりも、そんな高い学費を投じても卒業後にきちんと回収できるような職業に就ける人は3割程度しかいないという。つまり大学卒に期待するものは人々の幻想だと言う。
 
奨学金の延滞率(いわば不良債権比率)を大学別に公表する動きがあるらしい。是非やってほしい。 延滞率が高い→就職率が低いとか経営不安な求人会社が多い→この大学を出ても稼げない、という評価につながる。淘汰されるか、自己革新を迫られるだろう。
ついで言えば、個人的には塾ほど無駄で不要なものは無いと思う(まあ塾講師の教えるスキルは評価するけど)。
 
安定雇用が崩れ、核家族化が進み、財政も悪化しすぎて支援余力が限られる、そういう時代に入っている。
アベノミクスは脱デフレを目指す円安誘導に偏った金融政策でしかないため国民生活レベルでは功よりも罪のが多いだろう。もはや輸出製造業の国ではない。消費増税や円安による輸入商材の値上げがインフレ的にマイナス作用している。しかも日銀は自分のメンツのために金融緩和継続をして、物価上昇を目論んでいる。
 
賃上げも政府が口先介入して大企業は応じたが、中小企業への広がりは薄そうだ。雇用拡大といっても低賃金の派遣や非正規労働者が急増しただけで、最近も派遣の恒常化を目指す法案が通ったばかり。
 
話しはそれるが、小泉元総理は3.11以後に原発推進は間違いだったとして(謝罪したのかは知らないが)脱原発に転じた。理由の一つが、御用学者や業界専門家に安全だ低コストだと騙されてきたためと言うもの。その潔さは立派だと思うが、彼はもう一度転向し謝らなくてはならないだろう。派遣の自由化・拡大は小泉・竹中政治からだ。
 
そんな時代に入っているのに、「一億総活躍社会」という浮いた言葉で「三本の矢」の総括もしないで話しをそらそうとしている。前後の話しがつながらない漫画を見せられているようだから、政治の力はもっと貧困化している。
まさか一億総貧困社会ですか・・・

2015年9月19日 (土)

Web2.0よりもネットはバカと暇人のもの、という指摘の本

以前、Web2.0なんて騒がれたけど、その本は読まなくて正解でした。
 
「ウェブはバカと暇人のもの…現場からのネット敗北宣言」、中川淳一郎、光文社新書
 
著者は、ニュース配信記事の編集者なのでまさしくネット漬けの日々からの指摘であり、具体的な内容で面白いです。インターネットに過剰な期待を抱くなという警告として受け止めればよいのでしょうね。
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刺激的なタイトルは「売らんかな」ととられるけれど・・・まあ、バカというのは言い過ぎかもしれませんが、この表現は現実世界では不快で禁句ですがネット世界での垣根が低いのかもしれません。
 
そもそも、この本に書いてあることをいちいちうなずくようだと、暇人になりますね・・・coldsweats01
6年前の古い本ですがインターネットに関しての技術論ではないから今でも読まれるのでしょう。つまりアルアルの世界だから。
 
指摘している事は2chやヤフーコメントみたいな匿名掲示板に行けばよくみられる内容です。確かに、コメント欄を作って双方向のコミュニケーションが取れて、中身が洗練されていくならWeb2.0に進化するけど、たんなるゴミ溜化しているということなのでしょう。
最近だと、東京五輪エンブレムのパクリ騒動での集合知が話題になりましたが、見方を変えれば集合愚かもしれません。
 
改めて、商業目的のネット記事はページビューを稼ぐことを最優先なのだということが良くわかりました。ネット記事には刺激的表現のタイトルが多いです。クリックしたら中身が羊頭狗肉みたいなのが多いですね。
 
実は紙媒体でも前からやっていることですが、紙媒体はコストや制約が多いけれどもネットはその敷居が低いために粗製乱造になるのでしょうかね。
 
でもネットでいろいろな情報に接することができるのはとても良いし、便利な事も多いです。
と思うものの、最近は「ウェブはサギと犯罪者のもの」という面が強くなってきたと思うこのごろです・・・
 

2015年7月31日 (金)

エスキモーに氷を売るというマーケティング指南書

好いタイトルだなーと感心して読んだ、スポーツ興行関係者には必読書

 
エスキモーに氷を売る -- 魅力のない商品を、如何にセールスするか
 ジョン・スポールストラ著/中道暁子訳/きこ書房
 
Photo_2 タイトルが気に入った。
いらない物を売りつけるなら、日本にも昔から『押し売り』がありますよ、って言いたいけど、これは恐喝ではなくマーケティングの話です。
もちろん、「エスキモーに氷を売る話」はサッパリ出てきません。喩えですね。
 
アメリカのNBAプロバスケットボールのさえない下位チーム・ネッツを観客動員で劇的に変えた、コンサルタント/社長のマーケティング指南書です。
 
日本の例もあります。西武ライオンズが日本一を繰り返していた時期に客の入りはたいしたことなかったとか、ようするにチームの成績が良ければ客が増える、という簡単なものではないのです。
 
今年は横浜ベイスターズの活躍が目立ちますが、勝利成績だけでなく観客動員が凄いようですね。赤ヘルの広島カープもカープ女子とか言って騒がれていますが、この本のようにスポーツ興行のマーケティング策を練るようになった成果だと思います。
 
去年までは大リーグのレンジャーズ戦をよく見ていました(今年はダルビッシュ休みなので中継も無い)。ホームグランドの試合ではかなり客が入ってました。成績は良くなかったのに・・・、あの手この手の客を呼び込む策をしているのだろうという事が本書から分かる気がしました。
 
で肝心の消費財や生産財などの商品販売への応用ですが、それはこの本から普遍性を読み取るしかありません。
書いてあることはもっともなことが多いです。気になったのは最初の方にカンフル策という用語が良く出てきます。概念としては「顧客の購入頻度を高める策」という意味です。
そのためにも最終ユーザーの名前を知ることが不可欠だと力説しています。
 
最後の方にある固定費と変動費については、少しヘンだなーと思う点もありました。

2015年7月 7日 (火)

絶歌で再注目された「少年A この子を生んで」を読んで分かったこと

彼は、犯行声明文の最後の一文を絶歌により実行した。
 
「少年A」この子を生んで(父と母悔恨の手記) 少年Aの父母著、文春文庫
 
こんな本が有る事すら知らなかったが、絶歌の出版騒動により再び注目されたようだ。
書店で平積みの絶歌に載るように小ぶりな本書が展示されていた。書店は「売る」のが目的だが、気味の悪い売り方だと思った。
一瞬、加害者が親子揃って事件をネタにしていると勘違いした。その面もあるかもしれないが、両親は贖罪の意味と責任を込めて本を出しているようなので、絶歌とはやや異なるだろう。
A_2   
事件の事は詳しくもなく、未成年の事件は親が責任をとるのは当たり前、くらいに思っていたので、読んでみてこの両親に対する思いは少し変わった気もする。
初めは母親の能天気ぶりに驚くが、書いてあることが本当ならば両親は普通以上の努力で育ててきたように思う。世間にはもっと放任とか過保護もある。一家は贖罪の重みに耐えながら生きているようすも伺える。
 
少年Aが小学生時代から問題行動が多かったことには驚く。一つ一つは小さかったり関連性が無くても、厳しく接するか疑ってみることも必要では、と思うがそれは酷かもしれない。親だからこそ客観的に見られないし、思春期の子供への接し方は難しい。
 
さりとて母親はAを盲信していたわけでもなく、MRIを撮ったり事件前後には母子で児童相談所へ通ってカウンセリングを受けていたらしい。 専門家ですら小さな中学生Aが「殺人願望」を抱いているなど想像できなかった。近年の佐世保女子高生や名大生の類似事件だってそうだ。そんなトンデモナイ所見はなかなか出せないだろう、と思う。
家と外での性格が全く異なり両親には危険性が予知できず、専門家には「掴みどころがない」と言わしめるように、少年Aは年齢にそぐわぬ狡猾さも備えていたようだ。
 
強いて批判すれば、感受性が普通でないことに気づきながら、親同席であってもホラーや残酷シーンの多いビデオを見ることを容認していたことだ。
本書には弁護士の話や精神鑑定とかもあるが、幾つもの犯行声明文が載っていた。見覚えのある文章だが、神戸新聞社へ宛てた犯行声明文の最後の一文が、非常に気になった。
 
---ボクには一人の人間を二度殺す能力が備わっている---
 
 
先日、産経新聞の配信ニュースで見たのが、絶歌出版に対する淳君のお父さんの気持ちだ。
 
引用すると・・・
「今、改めて事件の内容を多くの人に伝える必要がどこにあるのか。私たち遺族の心も傷つき、『息子は2度殺された』という思いだ」 とある。
 
 
犯行声明文通りに、元少年Aは「絶歌」により、二度目の殺人を成し遂げた。
18年間、この時を待っていたかのように。
 
犯行時に成人なら極刑を受けただろうが、
少年法により守られた。
二度目の殺人は、表現の自由に守られた。
 
ただし今回は、共犯者がいる。 そういわれても仕方あるまい。
 
 

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