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2020年8月の12件の記事

2020年8月29日 (土)

田原総一朗氏の転向理由

戦後日本政治の総括 (岩波書店 田原総一朗)に書かれた転向理由、そして宮沢喜一氏の知恵

前記事・渡辺恒雄氏の続き

本書の冒頭部分で、8月15日の午後のことが書かれている。国民学校初等科五年(11歳)の時だという。 

軍国少年だった私は、海軍兵学校に入り軍人となるのが夢だった。戦争に参加して死ぬことは決まっていたのでいかに華々しく死ぬかであったが、敗戦によりその夢が消えた。

Photo_20200829141501一・二章が若い頃の話し、その後はジャーナリストとしての歴代総理や政治家への生々しい取材である。テレビでお馴染みの口調で、戦後から今日の安倍政権までを政治ドキュメンタリー番組のように綴っている。

特に日米安保を軸とした対米関係の紆余曲折については読んでいて腑に落ちるが、ここでは前記事の続きとして左翼運動からの転向理由について取り上げる。

(戦後)高校から大学、社会に出てからも日本共産党を支持したのは、最後まで戦争に反対していたからであり、戦争の総括もせず、戦争協力者が少なからずいる自民党には、徹底的に批判的であった。学生の時に入党を促されたが、「幹部の話を聞くと、大変に厳しい活動と学習を行っていて、規律と言うものが苦手で・・・辞退した」とある。

渡辺さんの軍隊嫌いとも通ずるが、右・左問わず激しい思想運動になるほど洗脳や規律の度合いが高まるため、馴染めないのだろうと思う。

岩波映画に就職後も安保闘争へのデモに参加していたが、田原氏や全学連のリーダーだった西部萬氏らも安保条約の条文など読んだことは無かった、と述懐し、根底には岸信介が再び日本を軍国主義に戻すのではないかという、(敗戦で痛感した)政治権力への不信感だったとある。

●そのときから左翼ではなくなった。

新興のテレビ東京に移りドキュメンタリー番組を作っていた頃、1965年にモスクワで世界ドキュメンタリー会議が開かれ、日本代表として招待された。米ソ冷戦の最中であり、一年前にフルシチョフが失脚していた時だ。

当時の田原氏が、平等を最優先するソ連を「理想の国」と思っていたのは、「アメリカが日本を戦争に巻き込む国」と思う事の裏返しだと書いている。

滞在中にモスクワ大学の学生を集めて討論会を実施した。その時に「フルシチョフはなぜ失脚したのか」と質問し、答えてくれると思っていたら、学生たちの顔が真っ青になり、口が震えんばかりになった。同行者から「そんなことを聞いてはダメだ」と注意された、と言う。

「4週間の滞在中に、ソ連には言論・表現の自由が全くないことを思い知らされ、私が抱いていた幻想は叩き壊された。」

似た話しとして、国際エコノミストとして有名な長谷川慶太郎氏の例を書いている。長谷川氏はブルガリアから国内工場の競争力の調査を頼まれて見て回ったが、結論は「ダメだ、国際競争力を持てる方法はない」と判断した。大工場のトップはイデオロギーを説くだけで、生産性とか品質に対する概念がまったく無いという。学生時代は熱心な共産主義者で逮捕歴もあるが、後に反共産主義に転じたきっかけがそれだったという。

ソ連では言論・表現の自由が全く無いことがわかった。とんでもない国だ、と実感し、この国に将来性はないと思わぎるを得なかった。だが、そんなことをいえば、テレビ東京にはいられなくなり、日本社会では孤立して、やっていけない、とも感じ、しかし、いつかはきちんといわなければならないと強く思った。

そのときから、私は、いわゆる左翼ではなくなった。 (おわりに より)

転向理由について、渡辺さんは簡単にしか触れておらず本当の胸のうちは分からないが、田原さんは理想が幻滅に変わったように書いている。言葉としては二人とも使ってはいないが、「現実主義」に転じたという事かもしれない。日本がドンドン成長していく頃だから、理念よりも夢中にさせることがたくさんあったと想う。

●宮澤喜一の知恵

宮沢氏から「日本人は、自分の身体に合わせた洋服をつくるのは下手だが、押しつけられた洋服に身体を合わせるのは上手です」と聞かされた。

一九六五年に米国がベトナム戦争をはじめたとき、米国は、「日本よ、ベトナムで一緒に戦え」と迫った。米国の要請は断われないのだが、当時の佐藤栄作首相に、宮澤が「本来ならば、ベトナムで一緒に戦いたいのだが、あなたの国が、難しい憲法を押し付けたので、自衛隊は海外に出られないではないか」といわせて、戦争に巻き込まれるのを回避できた。

その後、この論法で、日本は平和を持続しつづけ、高度成長を実現することができた。

この論法は米ソ冷戦時代が終わると通用しなくなったため、日米安保の片務性と双務性の議論へと発展して安倍内閣の集団的自衛権へと至るのだが、その辺りは本書をどうぞ。

●安倍首相「憲法改正は必要なくなった」2016/9月に一対一の取材

田原「衆参の両院で三分の二以上をとったので いよいよ憲法改正ですね・・・」

安部「大きな声では言えませんが、実は憲法を改正する必要は全くなくなったのです」

今までは「日米同盟が維持できない」とアメリカ高官からうるさく言われていたが、集団的自衛権の行使を認めるようになってからは、アメリカは何も言わなくなった、というのが理由だ。
しかし、実際はその後も憲法改正を目指していた。

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8/28の安倍首相の辞任会見

「月曜日に(辞任の)判断をした。一人で判断をした」

その月曜日(8/24)には二つのニュースがあった。慶応病院へ二回目の検査に通ったこと。もう一つは、連続在任日数が2799日となり、大叔父である佐藤栄作の記録を抜いたこと。

悪いことと良いことが同時にあった日だった。

 

2020年8月26日 (水)

反戦少年だった渡辺恒雄さん、軍国少年だった田原総一郎さん

死と向き合いながら青春を送った人々

ナベツネさんと愛称されつつも、読売新聞のドンとか政界フィクサーとか果ては老害とまで言われたりする渡辺恒雄さんへのインタビュー番組を見た。

8/9放送 NHKスペシャル「渡辺恒雄 戦争と政治~戦後日本の自画像~」

といっても途中から録画したので、”一番知りたいこと”が抜けてしまってガッカリした。

Photo_20200826003101

後日、NHKサイトを調べていたら、なんと三月にも渡辺さんの番組をBSで放送していたことを知って驚いた。コロナ勃発の頃だから気が付かなかったかもしれない。

3/7放送 BS1スペシャル「独占告白 渡辺恒雄~戦後政治はこうして作られた 昭和編」

読売新聞グループのトップ、渡辺恒雄氏(93)への独占インタビューが実現した。70年にわたって日本政治の実像を見つめ続けてきた渡辺氏。「昭和編」となる今回は、吉田茂政権から中曽根康弘政権に至るまで、その知られざる舞台裏が赤裸々に語られる。派閥の領袖たちの激しい権力闘争の虚実。日本外交の秘史。証言ドキュメントで戦後日本の歩みをたどる。インタビュアー・大越健介

 この3/7の昭和編の前半部が 実はネットにあったので見られたが 、違法だからいずれ消されるだろう。また後半ファイルは削除されているため見られないのでがっかりしていたら、なんと、今週末に再放送がある!
戦後政治史を学問ではなく生身のドラマとして関心のある人には必見だ。

再放送 NHK BS1 8月29日(土)午後4:00~午後5:50(110分)。

昭和編(前編)を見たら、渡辺さんへの先入観とは全く異なった印象となり、とても刺激的だった。そして、一番知りたかったのは、渡辺さんが復員後、東大で日本共産党のリーダーとして活動していたものの、そこから転身した理由は何かという事だった。

話しはそれるが、前記事に書いた産経新聞にも渡辺さんより前に似た道を歩んだ人がいた。産経と言えば鹿内家が有名だが、初代社長の水野成夫氏とは東大出の共産党員で赤旗の初代編集長だった。治安維持法で逮捕され激しい取り調べの果てに転向したというが、詳しい事はわからない。その後、紆余曲折を経て財界人にのし上り、マスコミ経営にも乗り出すという有能な人だった。

なお、産経新聞が右派論調に変わったのは、全国紙を目指した頃に経営不振となったための生き残り策と言われる。今でいえばニッチ戦略だ。

また、水野氏や渡辺氏だけでなく田原総一朗氏も似た過去を持っていて、近著「戦後日本政治の総括」を読んでいたので、余計にこの問題に関心があった。田原さんについては次記事に。

その渡辺さんの回答は、昭和編(前編)の中でハッキリと語られていた。

以下、部分抜粋 --- インタビュー初日・2019/11/22

●軍国主義への反発は中学の時から

「太平洋戦争が始まったのは 中学在学中ですよ」

「こんな真珠湾 『勝った勝った』と言うけど 『勝ち目ねえ』 と クラスで平気で言ったもんな」

「もう中学の時から 『絶対勝ち目のない戦争だ ばかげた戦争だ』とみんなクラスの中で言っていたね それをとがめる者はいなかったね」

●当時の高等学校(東京高校)は自由主義だったが、校長が軍国主義化を始めた・・・。

「それで どこかでやっつけてやろう それで一斉蜂起したわけだ ・・・・東校踊りの最中に皆で校長たちをぶん殴ったね」・・・・

「お国のためにこんな戦争は 早くやめなきゃいかんというのは信念だから」

「何言ったってだめですよ 忠君愛国なんて言ったて」

と、若い頃の反骨心を武勇伝の様に語っていたが、その後の話からも軍国主義への強い拒否感は一貫していた。

●1945年4月に東大文学部哲学科に入学

二か月後に召集。学徒出陣では竹下登、村山富市、司馬遼太郎、鶴田浩二らがいた。

相模原上陸作戦を要撃するための砲兵連隊の二等兵となったが理不尽な仕打ちにあったと。

「ひどいもんだよ 理由なしに引っ張り出して 兵営の後ろに それでビンビンってやるわけだ」

「理由ないんだ」

内実無き精神主義に戦前日本の病理を見たという。

「勝てるわけが無いわな・・・」

「僕は10センチ榴弾砲を使う砲兵だった 直径10センチの弾だ」

「その弾は木の弾なんだよね」・・・

「ところが最後まで 戦争終わるまで 配給なかったね 実弾は」

「そんな戦争で勝てるわけないよ」・・・

●そして終戦へ

「(ラジオで)天皇が何か言っているがね 何言っているか誰も分からない」

「東京駅でおりて、ジャンジャン鐘が鳴って、号外の鐘だよ」

「なんだ 終戦の大詔というのは ようするに負けたということじゃないか」

「それで万歳と思ったね こっちは これで助かったと思ったら ・・・

・・・だから栄養失調  ふらふらとなって歩けなくなったよ 東京駅で」

・・・シラミの話

「もうあの軍と言うのは 酷い処だよ とにかく何からかにまで」

・・・

「軍の横暴 独裁政治の悪さ 身にしてみ分かったわけだ」

大越 大きな渡辺さんと言う存在は 権力と密接不可分に我々は実は思っていたんです。

だけど今のお話しを聞くと 戦争体験から 実は独裁とか それによって導かれる戦争に対する反発心 反骨心が非常に強い。そこがアンビバレント(※)な思いをして聞いたんですが

※賛成(好意)と反対(嫌悪)を同時に持つような気持ち 

「あれだけ人を殺して 何百万人も殺して 日本中を 廃墟にした その連中の責任を問わなくて いい政治ができるわけない」

「戦争中から反戦だったんだから僕は」

「絶望の時代だったから 一生に一度あれを味わったらね 何も怖いものは無いね 今 この世の中で」

 ●東大に復学

 体制の抜本改革が必要だと考え、日本共産党に入党した。

「戦争中 天皇陛下のために死ねとか 天皇陛下万歳とか 日常茶飯事のようにやらされた」

「だから戦争終わって 生き残ったから 天皇制を倒さないといかん 真面目に考えていた」

終戦の暮れに代々木の共産党本部へ行き、やがて支部である東大細胞のトップになった。メンバーには氏家 齊一郎(後に日テレ社長)、堤清二(セゾン)ら。

「”党(員)は軍隊的鉄の規律を厳守せよ” と書いてあるのね 俺 軍隊嫌いだから ここにやって来たのに 共産党もこれまた軍隊かと思ったね

「台風が来た それで相当被害を受けて」

「そいう時に東大細胞の会議があって そこに中央委員が来て演説した」

「こういう災害で飢えれば 人民は目が覚める 共産主義者になれる」

「水もなくなる 食うものもなくなったとき 初めて飢え かつえた人民は 体制打倒のために立ち上がる」

「それが必要だと こういうことを言うんだな」

「それで僕は致命的に この共産党をでなきゃいかん 中にいたんじゃ どうにもならんと思ってね」

●東大新人会を作る

 “規律よりも個人の主体性を優先”として活動したら党本部と対立し、除名された。

しかし共産党の中の激しい経験から組織を動かす技術(集団指導技術)を学び、その後の人生で非常に役立ったという。

●新聞記者へ

哲学者を志していたが職業としては難しく 1950年24歳で読売新聞社に入社。以後、今日まで70年。

その後のインタビューは大野伴睦・自民党副総裁の懐刀になる過程や親しかった中曽根首相との関係などへと続いていく。

 


 とてもスケールの大きい方で、「主体的に考える」ということを重んじる人なのだが、気になるのは、今でも主筆と言う立場で社内の現役ということ。経営にはタッチしていないと思うが、論調のボス的な存在であるわけだ。それでは氏が一番嫌ってきた独裁的な組織体制や思想を統制するような在り方に通じないだろうかということ。

 インタビューの途中で、NHKの大越氏がアンビバレントな思いと言ったのは、渡辺さんの現在の保守的な姿勢と反戦的な強い姿勢の対比で言ったのかどうかは分からないが、言い得て妙だった。それに倣うと、渡辺さんの自由な思想性と主筆の座を譲らない姿にもアンビバレントな感じがするわけで、自分が嫌いだった天皇になっているように見えて残念だ。

もうOBでよいのでは。

参考 8/9放送後の大越健介の現場主義(NHKサイト)

 

2020年8月22日 (土)

新聞社の世論調査とネットの世論操作

新聞社の姿勢が表れても、ネット世論よりはマシ。

前記事 NHK世論調査の続き

新聞社もコロナで駅売りが激減して厳しそうだが、安倍内閣の支持率調査にについて、朝日新聞の7月末は支持率33%(不支持50%)だった。朝日の調査は男女別や世代別にも見ることができる点で親切だ(こちら)。

例えば、男38%、女28%という際立つ違いは安倍首相の人柄や言動と関係していそうだ。世代別では、岩盤支持層の一つと言われる29歳以下では46%と高い。ただし各世代別のサンプル数は数百人もいないのでは?

読売新聞の8月は支持率37%(同54%)だったが、記事の書き方は微妙。というのは、支持率は「前回39%からほぼ横ばい」と軽くスルーして、「不支持率が第2次内閣発足以降、最高に達したことに危機感を強めている」と書いていた。

毎日新聞の7月は支持率32%(同62%)だった。

新聞社の姿勢が世論調査に現れやすいのは知られているが、安倍政権になってから新聞社の論調が特に際立ってきたと思う。毎日新聞も面白いのだが、ネット記事の見出しからは安部批判が痛く読み取れてしまい、やりすぎと感じることが多い。その傾向の典型は、2017/5月に改憲問題を独占インタビューして国会答弁で読売新聞を「熟読してほしい」と首相が平気で“推奨”したことかもしれない。

たぶん、新聞社による世論調査結果の差は質問文やオペレーターの応対話法が影響していると思う。

例えば、「分からないとか無回答」という回答比率を見れば、NHKは20%弱、朝日新聞は17%、読売新聞は9%である。読売の値が少ないのが不自然だ。なぜなら、選挙に行かない人が半分もいる母集団に、政治を質問したって答えられない人が多いのが当たり前。だから、分からない比率が少ないのは回答を無理強いしている印象を受ける。

しかし一番の原因は、私的には「○○新聞です、世論調査を…」と電話口で頼まれたら、新聞社への好悪感情で回答拒否が発生する差だろうと思っている。とにかく目標サンプル数に達するまで電話をかけ続け、相対的に自紙購読者が多くなりがちだろうと思う。ちなみに電話口の人に回答を迫るとは限らず、その家の「誰か」を指定する方式らしい。また人口の年齢構成比と同じ比率となるサンプルを前提としていると思う。

ところで産経新聞とフジテレビ系による世論調査の不正は衝撃的だった。

1年間、計14回分の調査の不正をしたという。理由は「オペレーターの人集めが難しかった」という説明で終わっていて真相は不明である。これで産経は世論調査が出来なくなったのだろうか。なお産経の世論調査はまるで見ていないけど、たまたまある本で見た昔の麻生内閣への支持率は他紙より低かった。

最近、世論調査ではないがYahoo!ニュースのコメント欄を見ていて、ミエミエな違和感を持った。

国民民主、分党へ というニュースが8/16日夕方に出た。記事のコメント欄で一万以上のイイネを集めた上位コメントは全て玉木氏を応援する内容である。しかし、同党の政党支持率は1%しかないし、さらに合流しない議員は少数派だから、むしろ玉木氏を批判するコメントが多い方が自然である。つまり、これこそ、敵の敵は味方としての典型的な世論操作では無いだろうか。

これに限らず匿名中心の日本のネット社会では、ネット世論は偏るのが自然であり、イイネと思いたい人のためにあるか、または世論操作のためにあるようなものだ。

おわり

 

 

 

2020年8月19日 (水)

上尾市議会の保守会派が分裂し、上尾同志会

上尾同志会の誕生と再び上尾を揺るがすマグマ

一昨年に新政クラブの看板を替えて生まれた時に「災の会」と揶揄したがその通りになった。お盆に分裂したのは先祖に報告するためだとしたら、伝統的な保守かもしれない。

直近、「彩の会」は9人だったが、大室さんと星野さん二人と七人に分れ、後者は上尾同志会と呼ぶ。会派名簿はこちら(議会)

上尾同志会 7人

 深山 孝、田島 純、原田 嘉明、尾花 瑛仁、新道 龍一、田中 一崇、渡辺 綱一

彩の会 3人

 小川 明仁、星野 良行、大室 尚

政策フォーラム 市民の声あげお 7人

共産党 5人 公明党 5人 その他 3人

会派には最低三人が必要なので小川さんは無会派からの出戻りとなった(目まぐるしい人だ)。三人は元々、新政クラブのメンバーである。なお、一般質問を滅多にやらなくても議員が務まる技を持つ渡辺さんが若者側についたのは意外であり、やや見直した。あっちには威張り過ぎる人がいたのだろうか…

ちなみに分裂理由はどこにも書いていない(笑)。

若手系と古参に分かれた感じなので政策方針ではなく、組織運営を巡ってかもしれない、つまり風通しの良さだろう。

というのは、W逮捕事件で田中議長が失脚し、その後に「俺の番だ」とばかりに団長になったり議長になったりして、わが世の春を謳歌しようと市長室で一発かまして予算に口を挟むなど、目に余る振る舞いをした人も去年のブロック塀事件(AKB事件)で墓穴を掘った。その後に、最大会派である上尾保守系議員団(※)のトップの椅子が巡ってきたのが大室さんであり、議長の座を得た。(※あれは保守とは呼ばない、という保守系市民もいる)

議長ポストは、上尾では前任者の自滅で棚ぼた式に決まるのだ。そういう人は 俺が決め、仲間を採決時の起立要員にする。

新会派「上尾同志会」の代表は深山さんだが、誰が見ても中核は尾花さんだろう。

名前の由来は上尾政治の古い歴史から来ているらしい、と聞くと復古調だが、ネーミングの相談をしてくれたなら、「アッピーの会」を勧めた。これからは子供のハートをつかむのが大事だ。なにせ、老人や大人たちが消費(浪費に近い)した負債は彼らが背負うのだから。

それはともかく、5会派になって7人が最大なので二つの会派だけでは何も決められなくなった。多数派工作が必要になるわけで、他会派との折衝力が無いと回らない。普通に考えると、難しい話の出来る人でないと務まらないが、政策よりも互いの好き嫌いが優先してしまうと新しい学級崩壊の始まりかもしれない。そうなると市側も狡猾に振る舞い、知恵の無い会派はエサで行政に丸め込まれるという警戒も必要だろう。

もう一つの7人会派が真ん中を「」で区切っているのは、夫婦別姓みたいにいつでも別れられる準備に見える。きっと中央政界の立憲と国民の合流問題の影響を受けるし、選挙互助会的な議員には一年後の市長選が影響するかもしれない。

●九月議会よりも公取の成果が気になる。

コロナ問題は2-3年は続くだろうし、自治体がやれることは限られる。議員報酬の削減を期待したが旅行費600万円カットで自慢とは情けない。

気になるのは上尾市内でコロナ入院患者のベット数は幾つだろうか。10人位のクラスターが発生したら市外入院だろうか。今は3500人に一人であり確率的にはとても小さいが、かかった人にとっては100%なのである。

しかし市民ではなく市政にとって最も怖いのは、もう一度世間の恥に晒されることだろう。

ブロック塀不正事件には官製談合の疑いありということで公正取引委員会に通知している(はずだ)。キーマンは議会調査ではそんな事は前からやっていた風な発言を平気でした。一人で罪を被るよりも道連れを選ぶなら、時効前の過去案件まで精査されるだろう。

となればコロナどころではない。

官民関係者の逃げ得を許さないのは歓迎する。

 

関連 今ごろ、二人の降格処分と官製談合の自認

 

2020年8月16日 (日)

人柄から能力評価へ変れるか、日本の政治

何をやってもうまくいかないと、逃げたくもなるが、逃げてはいけない立場もある。

語り掛けが少ないと批判され、安倍首相が先日(元々予定していた)記者会見をしたら、たった16分だ、質問から逃げた、と批判のネタになっていた。語る力がないのだから仕方ない。

その後も、会見で政策を売り込むよりも、広島と長崎の原爆慰霊祭での挨拶文は酷似だったとひんしゅくを買っていた。その原稿をテキスト照合分析にかけて「93%が同じ」と喝破し、一目で分かる対比表をみるなら GoToかまちょ図書館へ

これは喩えは悪いが、親戚の葬儀で弔辞を読み、今週は別の親戚の葬儀で名前を替えて読んだようなもの。「二人とも交通事故だから同じになるけど、それがナニ?」って感じだ。この冷淡こそが彼の官邸主導政治なのだが、残念なことに被爆広島だってカネと人脈だけで議員を選んでいるのが日本なのだ。

別なニュースでは、テレビでよく映される首相官邸に出入りする所で記者による「ぶら下がり質問」の場面について、あの質問も事前通告による予定調和劇なのだと話題になっていた。

そんなこんだで安倍内閣の支持率が下がるのは当然だ。でも、毎月報じられるわりに、大きく扱われないのは対抗馬(人財)がいないためだろう。安倍さんの能力が高すぎて超せる人がいないわけでは無く、政治家が建前ばかりを語るから国民にはイメージしか伝わらないためだろう。

安倍内閣を支持しない理由の一位が変わった!

8月のNHK世論調査の支持率は34%となり、年初より10ポイント減だった。そのニュースで気になったことがあったのでNHKサイトの過去データをみてみた。

図は特定月の値である。2018/5月は支持率が低かった時、10月は改造内閣後、2019/8月は高支持率の時、その後は年内である。

支持率が高い時も低い時も、支持しない理由の一位は「人柄が信頼できないから」がずーっと一位だった。だいたい40%位だ。それが8月は「政策に期待が持てない」が37%で一位になり、「実行力がない」は今年になって急上昇である。


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つまり従前は「安倍さん嫌い」が殆どだったが、最近、政策と実行力という能力評価に変わったのはコロナ対策の失敗によるのだろう。これは支持者の離反の現れかもしれない。自民党の政党支持率は36%で年初から4ポイント減だから、その離反もあるけど、無党派層からの離反が大きいかもしれない。

コロナ対策は誰がやっても難しいのだが、安倍首相が国民の信頼を失ったことは確かだ。とくに今回の調査で「政策に期待できない」が一位になったのは、GoToキャンペーン政策が国民の反感を買った表れだろう。同調査では、GoToは中止すべきが62%、夏に旅行も帰省もしないが75%である。

ところが海外企業の調査ではもっと深刻だ。トランプ大統領よりも低い安倍首相(ケクストCNC調査) 図は東京新聞より。

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2020年8月13日 (木)

埼玉県コロナ統計-3 年代別トレンド

第一波と第二波に分けてみると20代がダントツ感染者

統計-2 の続き  関連 検査拡大を拒む理由

埼玉県では7月に1133人の感染者が出ており、それ以前の累計を一か月間で超しました。夏場でもこれほど感染拡大するとは専門家も予想外だったと思いますが、実は第一波のPCR検査が足りなかったから第一波は小さく見えただけ、という見方もあり何が真実なのか不透明です。

さて、埼玉県庁HPには年齢別・性別の陽性者数のグラフがあります。それらは春からの時系列表現ですから、ここは第一波と第二波に分けてみてみます。(正しくは陽性判明者数ですが、本ブログでは感染者数と表記します)。

1 第二波の年齢別シェア

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 第一波は50歳以上が半分でしたが、第二波は49歳以下が75%も占めます。20代が33%、三人に一人とダントツです。 推定平均年齢はそれぞれ、51歳、38歳でした。

2 年代別のトレンド(バブルチャートはクリックで拡大)


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円の大きさは第二波の年代別人数を表します(つまり人数シェアです)。

横軸は、世代感染者数(この場合は累積人数)を世代別人口で割った年代別一万人当たりの感染者数です。20代は県人口の11%ですが、7.4人となり他年代の二倍以上の感染率です。

縦軸は、第一波との感染者数の倍率です。20代は8/1時点で三倍です。

第二波は、経済活動を維持しつつ、検査数は第一波よりは増やしていますが、感染拡大を防止する基本政策は「皆さん気を付けて」を日々唱えることです。幸い、無症状・軽症者が多いことで救われていますが、皮肉にもそれが感染拡大をもたらします。自覚なき集団免疫獲得作戦のようにも見えます。

というわけでヒトヒト感染は行動量に、飛沫感染は口動量に比例しますから、20代感染者がダントツになるわけです。10代が4.5倍と一番高いのは、第一波の時には休校により抑えた反動かもしれません。しかし、30代・40代の感染が増えると家庭内感染へとつながります。軽症で済んだとしても、親と子が感染した場合は家庭内が相当混乱します。その辺りの療養モデルケースを行政が提示した方が安心になります。最近、言わなくなりましたね。「案心・安全」という行政用語。

縦軸の倍率では50歳以上はすべて1未満です。依然と半自粛的な生活をしているためでしょうか。院内クラスターが一波より少ないのも寄与しています。

3 性別の感染者は男性がやや多い

第一波と第二波の性別、年代別の比較です。なお累計人数では男性57%、女性43%でした。第一波と第二波では違いはありません。

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 おわり

 

2020年8月12日 (水)

埼玉県コロナ統計-2 人口一万人当たり感染者数と倍率

前記事の続き 

8/3日の記事について、その後に8/1日分が確定したため再集計し、埼玉県の市町村別の人口一人当たり感染者数を更新しました。ついでに第一波に対する第二波の倍率を追加しました。第二波が特定市に偏ってることが伺えます。

第一波とは当初から5/25(緊急事態宣言解除)、第二波とは5/26~現在(ここでは8/1日までの集計)です。データ元については前記事を参照、人口データは8/3日記事と同じです。

一万人当たりの人数=8/1日までの累計人数÷人口 …多い順に並べた。

倍率=第二波人数÷第一波人数 …二倍以上に色付けした。

増減=第二波-第一波

なお、厚生労働省は都道府県が自粛要請を行うタイミングとして、1週間の感染者数が人口10万あたり2.5人を超えた日を目安としています。 8/11、NHK調べでは沖縄県43人、埼玉県5.6人

第二波の方が急増していますが、8/1日時点では、第一波より少ない市は14市。町村では半分以上の自治体が0かマイナスです。なお所沢市では病院クラスターが発生して8/11時点で240人です。

順位   1万人当たり 倍率 1波 2波 増減 累計
  40市 計   1.4 905 1,261 356 2,166
1 所沢市 6.2 0.5 145 68 ▲ 77 213
2 和光市 4.9 1.0 21 20 ▲ 1 41
3 川口市 4.6 1.5 108 166 58 274
4 戸田市 4.3 1.9 21 40 19 61
5 ふじみ野市 4.1 2.3 14 32 18 46
6 白岡市 4.0 2.5 6 15 9 21
7 秩父市 4.0 11.0 2 22 20 24
8 蕨市 4.0 2.8 8 22 14 30
9 志木市 4.0 0.9 16 14 ▲ 2 30
10 越谷市 4.0 2.4 41 97 56 138
11 草加市 3.7 1.9 32 62 30 94
12 入間市 3.6 0.5 34 18 ▲ 16 52
13 さいたま市 3.3 1.7 160 279 119 439
14 春日部市 3.3 1.5 30 46 16 76
15 新座市 3.2 0.9 28 24 ▲ 4 52
16 蓮田市 3.1 2.2 6 13 7 19
17 朝霞市 2.9 1.3 18 24 6 42
18 幸手市 2.8 6.0 2 12 10 14
19 川越市 2.7 1.2 44 53 9 97
20 鶴ヶ島市 2.7 1.1 9 10 1 19
21 八潮市 2.7 0.6 16 9 ▲ 7 25
22 富士見市 2.6 1.9 10 19 9 29
23 狭山市 2.6 0.4 27 12 ▲ 15 39
24 三郷市 2.6 3.6 8 29 21 37
25 上尾市 2.0 2.5 13 33 20 46
26 坂戸市 2.0 4.0 4 16 12 20
27 鴻巣市 2.0 0.9 12 11 ▲ 1 23
28 吉川市 1.9 6.0 2 12 10 14
29 飯能市 1.9 0.0 15   ▲ 15 15
30 桶川市 1.9 6.0 2 12 10 14
31 羽生市 1.9 4.0 2 8 6 10
32 久喜市 1.5 4.8 4 19 15 23
33 東松山市 1.5 0.4 10 4 ▲ 6 14
34 日高市 1.3 2.5 2 5 3 7
35 行田市 1.3 1.5 4 6 2 10
36 熊谷市 1.2 0.9 12 11 ▲ 1 23
37 加須市 1.2 2.3 4 9 5 13
38 北本市 0.9 5.0 1 5 4 6
39 本庄市 0.8 0.5 4 2 ▲ 2 6
40 深谷市 0.7 0.3 8 2 ▲ 6 10
               
    1万人当たり 倍率 1波 2波 増減 累計
  町村計   1.15 41 47 6 88
1 東秩父村 7.7     2 2 2
2 ときがわ町 3.8 0.3 3 1 ▲ 2 4
3 上里町 3.3 4.0 2 8 6 10
4 皆野町 3.2     3 3 3
5 小川町 2.8 0.1 7 1 ▲ 6 8
6 越生町 2.7 0.0 3   ▲ 3 3
7 毛呂山町 2.5 1.3 4 5 1 9
8 松伏町 2.1     6 6 6
9 三芳町 2.1 1.0 4 4 0 8
10 川島町 2.0 0.0 4   ▲ 4 4
11 伊奈町 2.0 2.0 3 6 3 9
12 杉戸町 1.6 2.5 2 5 3 7
13 滑川町 1.5     3 3 3
14 宮代町 1.2 0.3 3 1 ▲ 2 4
15 嵐山町 1.1     2 2 2
16 吉見町 1.1 0.0 2   ▲ 2 2
17 美里町 0.9 0.0 1   ▲ 1 1
18 神川町 0.8 0.0 1   ▲ 1 1
19 寄居町 0.6 0.0 2   ▲ 2 2
20 横瀬町         0  
21 小鹿野町         0  
22 長瀞町         0  
23 鳩山町         0  

鳩山町はその後、感染者発生の報告あり。

 

2020年8月11日 (火)

埼玉県のコロナ統計データに想うこと

埼玉県のオープンデータは虫食い状態だった

本記事の後に、埼玉県のコロナ感染者の統計分析を複数投稿予定。

1.ツイッターの反応

8/3に埼玉県の「市町村別の人口一万人当たりのコロナ感染者数」を書いた。ツイッターはあまり好かないが、翌日にツイートして案内した。で、夜にアクセスログを見て驚いた。普通、アップした記事の初日は50~100アクセス程度なので、連日100件超は珍しかった。ツイッター経由が殆ど、つまり上尾市以外からなので、なんとなく狭い街を出た感じだった。

 当該ツイートのインプレッション(表示回数)は6030件に増えていた。ただし重要なのはリンクのクリック数の方で450件だった。つまり7%位が反応した(本当に読んだかは知らね(^-^?))。まあ、スマホだから一割以下は納得する。

注目された理由は、埼玉県自治体の人口当たりの感染者数がどこにも(?)無いためなのだろう。

たんに 感染者数÷人口なんだけどね。

2.Excel以前の問題

 感染者データはこちらの埼玉県オープンデータにある。日々、人数を追加したCSVファイルだから、Excelに読み込んで加工できる。その日は2500件くらいだったが、一万でも十万でも関係ない。加工と言っても、シンプルな表だから並べ替えやアウトライン集計で事足りる。クロス集計にはピボットテーブルを使えばよい。

 だけど、それ以前に手間取った・・・

データは下の様に「番号、判明日、年代、性別、居住地」のみで、実質4つ。できれば、発見契機(診察なのかクラスター追跡なのか)があればよかった。

NO. 判明日 年代 性別 居住地
1 2020/2/1 30代 男性 埼玉県外
2 2020/2/10 40代 男性 埼玉県
3 2020/2/14 - - 埼玉県外
4 2020/2/21 未就学児 男性 埼玉県
5 2020/3/5 60代 男性 行田市
6 2020/3/5 50代 男性 上尾市

ところで、最新日のデータは「調査中」がほとんど、正しく記入されるには数日かかる。そこで8/4日のデータをダウンロードし、その中から8/1日までのデータを採用した。

しかし、4月や5月にも判明日が「調査中」のままがあったり、所在地には県外、愛知県、埼玉県外、神奈川県、東京都、県内、川口市外、非公表、空欄というように入り乱れる。性別欄では「女児」、年代では「未成年者」というのもあった。「10歳未満」と「未就学児」が混在している。

ここでは県内のみとし、「川口市外」や空欄は「不明」とするなどの除外や置き換えをしないと、とても集計に耐えられない表だった。(>_<)

こんな奥深くにも、埼玉県行政の混乱ぶりが見て取れるのだ。

だからと言って、「保健所の皆さんは忙しくて大変」という気になるようでは進歩が無いと想う。なおPCR検査数の時系列データはどこにも見当たらない。

 前記事は8/1日のデータで集計してしまったから、その後の8/1の更新を反映して取り直し、次記事で公開する。

人数が多い上位市で少し変更があり、町村は全て変更はない。そもそも、上位市のHPで告げる感染者数とオープンデータの値とは微妙に異なることがある。

つづく

 

 

 

2020年8月 9日 (日)

PCR検査拡大を拒む厚労省官僚の理由

羽鳥慎一モーニングショーで語られた美しい理由に隠れた真相は? 供給者を優先する日本の官僚行政。

関連 官製災害へ変異して大津波へ

マスクはコロナ対策に有効か、という話は一時は真贋論争だったが耳タコすぎて今は聞かなくなった。でも最近、病院で患者がマスクを拒み、それで看護士が感染。とか、感染者(後に判明)に臨場したマスクしていた警察官三人が感染。のようにマスクしててもうつっちゃう怖い例がある。

それでも、こんなに暑くても、日本人はマナーみたいにマスクをするし、していないと非国民にみられる(>_<)

実は、PCR検査の拡大を巡っても似たようなものだ。

当初、厚労省は「37.5度で4日間ルール」を盾に、陽性となる可能性の高い人に検査をしてきたから、検査難民という言葉さえ生まれた。そして、その理由は身近な保健所から知れる事となった。

(四月には)さいたま市保健所の西田道弘所長が「病院があふれるのが嫌で(検査対象の)条件を厳しめにしていた」と発言し、清水市長は13日、「誤解を招く表現であり、市民におわび申し上げる」と陳謝した。西田所長には口頭で厳重注意した。

 この人は元厚労省の医系技官だから厚労省の政策なのだ。おまけに清水市長の「誤解を招く」という表明は、問題(責任)を曖昧にし、かばい合う体質まで見せつけた。

あれから検査数は増えてはいるが、日本のPCR検査能力は1日約3万5000件で、中国の1日378万件、アメリカの50万件、ドイツの18万件、フランスの10万件を下回る。



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 羽鳥慎一モーニングショーでの「PCR検査はなぜ増えないのか」への厚労省の回答 7/23日 

・小林委員との話(分科会で小林氏は検査20万件を求める立場だが少数派らしい)。

「検査増→陽性者の発見増→感染リスクを下げる」との認識では分科会では一致する。擬陽性が出て、本当は健康なのに隔離をすることは人権侵害に当たる。感染症対策のコミュニティ(保健所、感染研)のようなものがあって、人権侵害を起こしたという批判をされたくない。そもそも消極的なので増やそうとはしない。

・厚労省の回答

実際の検査数と検査が必要な人に検査ができているかは別問題。検査が必要な人にできるように体制を整えるのが基本。医師が必要と判断した人、症状の有無にかかわらず濃厚接触者に検査している。実際の検査数は個々の積み上げによって出てくるので 擬陽性が発生するから 検査の数を増やしていないという考えはない。

実際として擬陽性はあり得る話だが、例えば日本国民全員にPCRをすると一定の割合で擬陽性が出るだろう。その場合に陽性となることで入院したり、医療資源をひっ迫させてしまうことは考慮しないといけない。検査数は最近はほぼ毎日一万件を超えている。

・玉川氏のまとめ

医系技官や感染症の専門家達は人権侵害をやったと言われたくない。それには陽性になったら、宿泊療養施設に入るのはある種の国民の義務だと合意を作るべき。


美しい言葉はカムフラージュ

彼らは検査は拡大している(と過去と比較して)言うが、望まれているのは一万ではなく十万単位のレベルである。だから、今でも検査受けられなかったという不満の声もあったりする。また濃厚接触者に該当するか否かは条件があり、そこに該当せずに検査受けられない人には不安が残る。

擬陽性で健康人を隔離したら訴えられ負ける、という理屈もある。背景にはハンセン病政策の失敗があるようだが、PCRの擬陽性による1~2週間の隔離を同一にするのはムリがある。また、「国民全員に検査する」という極端な例を持ち出すのは反論のための反論になる。

人権侵害論の矛盾は、検査数を渋ると無症状や軽症者を野放しにして感染拡大になり、うつされた人の「健康侵害」はどうするのって話に行きつく。

本当は、厚生官僚たちが今までの政策を変える事は『ミス(失敗)と認めること』を恐れているのではないか。4月に「37.5度、4日間ルール」を渋々撤回した時も加藤厚労相は誤解があったという言い方をし、間違いを認めていない。

「受け取る側が勘違いしている」ように責任や問題を転嫁する言い草は近年の行政でよく使われ、呆れる。

彼らが決して口にしないのは、仲間や先輩も含めた内輪の秩序や論理なのだろう。メンツや秩序を守るためには方針転換をしたくないのだと思う。そして分科会の専門家達は、「擬陽性が出て効率が悪い」という理屈で援護をしている。

バカじゃないのか、ここ何カ月も国民はイヤと言うほどこの国の行政の非効率さを見てきているのにね・・・。

検査技師や試薬が足りないとか、それらは供給者サイドの都合であり、やりたくない理由を挙げているに過ぎない。このような需要者のニーズ(消費者)を優先しないで業界を守るのは日本の官僚行政の慢性疾患であり、専門家という人も組織と人事に飲み込まれた人達だ(厚労省の予算に依存する機関など)。

擬陽性は必ず出るわけで、それでも他の先進国はやり続けている。

関連 モザンビーク 日本のODA事業中止を地元民歓迎 「中止ではありません。完了です」(茂木敏充 外相)

 

2020年8月 7日 (金)

第二波のピークは過ぎたか? 上尾市は50人へ

第一波の発症日ピークは報告日の13日前だったから、第二波の東京都は既にピークアウト?

以前の記事でウィルスが感染力を強めながら弱毒化したから第二波が拡大している、てなことを書いた。しかし弱毒説を裏付けるには遺伝子解析が必要であり、テレビでもそう言ってたが、日本のどの機関でどうしているかは分からない。

(追記 昨日出ていた)
毎日新聞 感染拡大・・・6月クラスターを起点に全国へ 感染研解析 または時事通信軽症や無症状の人の間で気付かれないまま感染が続いていた可能性があるとする報告をまとめた。経済活動再開を機に、6月からの患者急増につながったとみられるという。

弱毒説とは別に、第二波は"見かけの間違い"とも言われる。第一波はPCR検査を抑えたから小さく見えたに過ぎず、本当はあの10倍の大きな波だった、という専門家もいて、今は第一波の再燃だと言うのだ。

PCR検査を渋るかぎり実態は分からないまま、陰性者同士が疑う自粛に陥るわけだ。

こちらで書いたが、第一波では発症日のピークは3/28日であり、陽性者の報告日ピーク4/10日から13日も前。お上が言う前に、主体的な自粛に入ったことが感染拡大を抑えたらしいが、そこから衰退までは1カ月半もかかる。

第二波の今は発症から報告までのタイムラグが少し改善され、期待を込めて10日と見なすと・・・。

東京都の報告最高は8/1の471人だ。今週末に更新しなければ8/1がピークになる。つまり7/20日頃が発症日のピークと予想される。多分、夜の街クラスター騒ぎの頃かな?。

そこで今回は緊急事態宣言は無いけど、夏休みと暑さでホームステイになりやすい。国民の間には自粛派とGoTo派、自粛困る派がいたり、軽症者の多さは安心感として若者の行動を抑制しないから、前回よりも衰退曲線はダラダラと下がり、「沈静化した」実感無きまま、秋冬へつながるかも知れない。こわ(>_<)

上尾市はついに50人。県庁の感染マップで色が一段上がり、丸山公園の赤潮池みたいだ。

こちらに県庁の感染マップ


Photo_20200807002901

50人の月別、年代別のグラフを作った。7月は32人だった。全国的な様子と同じく20代や40代が圧倒的である。だから、健康被害は少ないと安心されるが、それは大きな間違いだ。

特に40代は家庭内感染を引き起こすだけでなく、会社を休む事で仕事と評価にマイナスとして響くことが重圧になる。不況感が強まるから、働き盛りの世代には人生の歯車が狂うリスクに要注意だ。

結局、日本のコロナ戦はモラルに依存した自粛なので、同じような自粛行動をとらない人を価値観を共有できない人と見なして反目し合うことになる。

日本固有の感染症副作用である。

なお、県庁サイトの感染者情報だが、「同居家族」欄には人数は不要だ。たんに有無だけでよい。また性別も今となっては不要だ。そんなことを知っても何の役にもならないが、近間で発生したりすると推測材料になるだろう。県庁にはメールしたけど、直したら大したものだ。

 

 

 

 

 

 

2020年8月 5日 (水)

丸山公園の大池、凄惨な淡水赤潮

だれがチョコレート池にした。出てこい、池の鯉じゃなくて責任者!

上尾市民の皆様へ。

コロナ以外にも恐ろしいことが起きています。

Photo_20200805210801

 かまちょ図書館の7/30日の記事と写真へどうぞ

淡水赤潮と言うらしいです。

過去の行政方針(間違い)を気づかれないように変えて釣り禁止へ強行突破し、生態系保護という名のかいぼり事業の成果がこの「チョコレート池」では、頭を抱えそうですね。

今月の広報あげお8月号の表紙は丸山公園で子供が水遊びをする写真です。7/2日とあるので、赤潮は7月末にかけて発生したのでしょうか? 

8

 赤潮は今はどこまで回復しているのだろうか? 上尾市のみどり公園課は何も語りません、というか素人なので何も語れないようで、次の二本がありました。

上尾丸山公園への生き物の持ち込みはやめてください

市民にあれこれ注意する前に、市役所とは市民のためにあり、職員のためにあるわけでは無いことを理解できていませんね。この問題は、陰謀好きな人には「魚を全滅させ、釣り禁止にする陰謀説」がウケそうですが、ここに至る風景には既視感があります

上尾市役所を舞台にした市長議長のW汚職事件があったから、濁った組織を"倫理条例"とかで奇麗にしようとした最中でも、元市長と都市整備部によるブロック塀事件が発生したわけでしょう。

そう、ダブって見えるわけ。

関連 上尾市の釣り騒動のカテゴリー

 

2020年8月 3日 (月)

埼玉県市町村別コロナ感染者数と一万人当たり

埼玉県の市町村別コロナ感染者数と一万人当たり感染者数のランキング

Photo_20200802154001

前書き 前記事コメンテーター市長は思いのほかアクセスされました。でもYouTube動画の再生数からは見た人は少なそう。安倍さんみたいに、役人が書いた原稿を垂れ流す姿に食傷しているのでしょうかね。ダメ押しすれば、自分のコメントばかりで視聴者からのコメント禁止とは腰が引けてます。

---

第二波になってからの感染者数は埼玉県が神奈川県を抜く勢い。累計で全国三位になるかも。ただし福岡県も猛追しています。

ところで、新聞の埼玉版を見ると市町村別感染者数の表がありますが、朝日、読売、毎日の各紙はいわゆる市町村コード順です。本当は人数の多い順のがよいと思います。

右図は8/1までの累積感染者数の上位15市です。東京隣接、都市型であることが伝わります。しかし人口が多いと感染者が多いのは当たり前なので、まぁ通俗的な意味しかありません。県サイトの色分けの感染マップ図も同じです。

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そこで下に人口一万人当たりの感染者数の市町村ランキングを公開します(人口は県庁の7/1日・推計値を使用)。

一位は所沢市の一万人当たり5.7人です。ついで、和光市、川口市、戸田市と続きます。さいたま市は14位に後退します。所沢市がとびぬけているのは第一波のクラスター発生のためかもしれません。

わが上尾市は人口は8位ですが、指標は25位と下にいますから感染度が薄いことが分かります。それでも前に試算した時は一万人に一人だったので、数週間で2人へ二倍化しました。

気になったのは東京隣接ではない、5位・ふじみ野市(人口11万人)の多さです。

近くに、ふじみ野クリニック(住所は三芳町)というPCR検査で有名な24時間緊急病院があります。150人/日の検査と新聞にありました。上尾市の様にPCR検査場所を非公開もありますから、開放型の施設は受診機会が増えて陽性者数も多くなるはずです。そんな影響かなという想像ですが、もしそうなら上尾市は更に二倍になります。

積極検査をすれば陽性者数は増えることは確かです。そして、無症状で他人に感染させずに当人が自然治癒なら良いのですが、それならとっくに終息しています。

追記 データの一部を更新したので、下ではなく、こちらの記事の表へどうぞ。

順位  40市 感染者数 1万人当たり
1 所沢市 195 5.7
2 和光市 40 4.7
3 川口市 269 4.5
4 戸田市 60 4.2
5 ふじみ野市 46 4.1
6 白岡市 21 4.0
7 志木市 30 4.0
8 越谷市 138 4.0
9 蕨市 29 3.9
10 草加市 93 3.7
11 入間市 51 3.5
12 秩父市 20 3.4
13 春日部市 75 3.3
14 さいたま市 429 3.3
15 新座市 51 3.1
16 蓮田市 19 3.1
17 朝霞市 42 2.9
18 川越市 95 2.7
19 狭山市 39 2.6
20 三郷市 37 2.6
21 幸手市 13 2.6
22 八潮市 24 2.6
23 富士見市 28 2.5
24 鶴ヶ島市 16 2.3
25 上尾市 46 2.0
26 鴻巣市 23 2.0
27 吉川市 14 1.9
28 飯能市 15 1.9
29 桶川市 14 1.9
30 羽生市 10 1.9
31 久喜市 23 1.5
32 東松山市 14 1.5
33 坂戸市 15 1.5
34 日高市 7 1.3
35 行田市 10 1.3
36 加須市 13 1.2
37 熊谷市 22 1.1
38 北本市 6 0.9
39 本庄市 6 0.8
40 深谷市 10 0.7
       
順位 町村のみ 感染者数 1万人当たり
1 東秩父村 2 7.7
2 ときがわ町 4 3.8
3 上里町 10 3.3
4 皆野町 3 3.2
5 小川町 8 2.8
6 越生町 3 2.7
7 毛呂山町 9 2.5
8 松伏町 6 2.1
9 三芳町 8 2.1
10 川島町 4 2.0
11 伊奈町 9 2.0
12 杉戸町 7 1.6
13 滑川町 3 1.5
14 宮代町 4 1.2
15 嵐山町 2 1.1
16 吉見町 2 1.1
17 美里町 1 0.9
18 神川町 1 0.8
19 寄居町 2 0.6
20 長瀞町 0 0.0
21 小鹿野町 0 0.0
22 横瀬町 0 0.0
23 鳩山町 0 0.0

ソースは埼玉県オープンデータより 市町村名で集計しているが、各自治体HPの値と一致するとは限らない。

唾液でPCR検査 川口市が医師会と契約 市内50施設を目標に本格稼働を目指す

つづく

 

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