日本人は考えていないと警告する
ウクライナ戦争・ちくま新書 小泉 悠
「池田小事件」のように殺人事件は「地名や被害者(属性)+罪名」で呼ぶことが多い。その調子で戦争に名前を付けるのは危険だ。書名は出版社が付けるが、”ウクライナ戦争”とは酷い。ネットでは宇露戦争と表現する人もいたが、それでは、どっちもどっちになる。その点、英字新聞は見事だ。
Russia's Invasion of Ukraine、Russia’s War in Ukraine
本書は、テレビでお馴染みのロシアと軍事の専門家、小泉悠氏の最新作だ。去年春の「ロシア点描・・・」はロシア事情を知るには良いが、戦争までは語れず物足りなかったので待望の書となった。
国内でプーチンの戦争を解説できる人は限られるが、小泉氏は「右や左のメディアから人気がある」と以前、東野篤子・筑波大教授がつぶやいていた(自分はハッキリ言うから煙たがれたと自嘲的に)。当節、早口で冗舌なコメンテーターが多い中、小泉氏は学者らしくない語り口で問題を易しく説き、聞いて腑に落ちることが多い。
プーチンが本気で戦争を始めるはずはなく、ブラフと信じていたのは世界の殆ど、自分もプーチンが戦争を始めるとは思わなかったと正直に書く。内容は時系列的で、ロシアの主張にも疑問や反証をする。この戦争を過去の流れから総括的に理解するには良い本であるが、なにせ字が小さい…。
・去年、使うなら低出力の戦術核と言われたが、専門家の意見として、戦術核の配備状況と使用基準が透明化されていないと敵国に脅しとして通用せず、当節言われるのは曖昧な概念でしかないという。また、本当に戦局を転換させるために使うには、何発も必要となるから更に可能性は低く、NATOの直接介入を恐れるという。
・エスカレーション抑止は機能するか 継戦によるデメリットよりも停戦するメリットを選ばせるための、「加減された損害」を与える限定核使用では、米国の長崎・広島にやったロシア版として、まだ被害が少ない都市(オデーサ等)への核攻撃を取り上げる。
しかし、そうしたロシアのエスカレーション抑止の核使用へは、既にアメリカが原潜からの核ミサイルで同程度の都市被害を与えるという戦略を採用済みなので、このケースも低いと言う。
他の核使用シナリオもあるが、心理戦の域を出ないという。結局、ブーチンが核使用に踏み切れないのは、西側も武器支援を様子見ながらの小出しにしているのと同じで、核エスカレーションの先にある恐怖だ。
ただし、ロシアには限定核使用の思想も準備もあるのだから、プーチンの頭が西側と同じになるとは限らないとクギを刺す。それでも、「この戦争は大国間の戦略抑止が機能する状況下で行われる、核戦争に及ばない範囲であらゆる能力を駆使する戦争だ」とまとめる。実際、西側は戦況を見ながら、攻撃的な武器を小出しに送っている。
どうする日本。
本書の終りに小泉氏の問題提起がある。
・この戦争は古い戦争である。
今の報道でも、ネットやドローン、ハイマース等々でハイテク戦争みたいに伝わるが、現実に戦局を左右したのはウクライナ国民の抗戦意志や火力の多寡という古典的要素だという。実際、砲弾の跡だらけの市街や平原、住宅の地下室、泥だらけの塹壕戦の姿をみるとそれは頷ける。こうした「古い戦争」への備えは、日本の抑止力の議論にお いても重要な論点だという。
・逃れられない核の呪縛
欧米もロシアは、それぞれが持つ核戦力への恐怖をもっており、核の恐怖は究極の抑止力として働いている。では日本はどうする。仮想敵国(中・北・ロ)全てが核保有国である日本にとって、他人事ではない。米国の拡大抑止(=核の傘)にあるため侵略される蓋然性は低いが、安全保障を持たない台湾はウクライナとよく似た状況にある。
もし台湾有事なら、日本は今のポーランドみたいに被侵略国へ軍事援助を提供する基地になる可能性がある。それは中国からの核恫喝を受けることを意味するから、国民的な議論が必要なのに、いまだ議論されない。このままだと将来の軍事的危機に明確な国民的合意がないままにずるずる巻き込まれるのではないか
・主体的な議論の必要性
第一義的な責任はロシアにある。動機がなんであれ、一方的な暴力の行使に及んだ側であることには変わりない。そして、戦闘が停止されればそれで「解決」と いう態度はありえない。
日本が戦争に巻き込まれたらそのまま跳ね返ってくる問題なので、我が事として捉え、大国の侵略が成功したという事例を残さないように努力すべきだ。軍事援助は難しくとも、難民への生活支援、都市再建、地雷除去など、できることは多い。
去年6月、NATOは「戦略概念」を12年ぶりに改訂した。「欧州・大西洋空間はもはや安全で はない」という情勢認識であり、これはインド太平洋空間にも当てはまる。
巨大な戦争は、歴史教科書だけの存在ではなく、日本が巻き込まれないために何をしておくべきかを今から検討すべきだ。もちろん、その事実に対して日本がどうすべきであるのかは別の問題である。非武装中立から現状維持、さらには核武装中立に至るまで、オプションは無数にある(ちなみに筆者はそれらのいずれにも同意しない)。だが、今の日本はそれらを天秤にかけて検討しぬいていない。
と終わる。残念ながら、日本の現実は防衛の中身よりも、カネの負担が嫌だと言うレベルで止まったままだ。
なお本書は、リクエストで新規購入した本である。
森元首相は、「プーチン大統領だけが批判され、ゼレンスキー大統領は何も叱られないのはどういうことか。ゼレンスキーは多くのウクライナ人たちを苦しめている」と言った。小林節教授が真っ向批判。※1
鈴木宗男議員は、『・・・「武器をくれ、時間がない」とウ大統領は声高に訴えるが、ならば自前で戦えない以上、戦いを止めることが筋であり・・・』とブログに書く。彼らに共通するのは、どっぷり浸かったロシアとのしがらみだ。
先日、囚人が片足を失い帰国し、勲章をもらたというロシアニュースを見た。
服役中の殺人犯が隣国へ行って人を殺せば英雄扱いなのだ。それに文句あるなら自分の息子を戦場へ送れと言う。そして、殺人犯よりも恐ろしいナチが、我々を攻めるからだと被害妄想的に煽り、全体主義の歴史が長かった大衆はそれに従う。また、残酷な戦争犯罪の数々をフェイク報道だとトランプ風に言うのは、プーチンが元々、欺くことを任務としてたからだろう。
戦争は勝ちさえすればイイ、と確信しているはず。上記本のAmazon感想で「なぜ侵攻したか」が書いてないとケチを付けた人がいたが、そんな事はクレムリン内部でも分からない。仮に、プーチンの口から理由を聞かされて、知ることはできても、理解はできない。
そもそも合理的判断では無いからだ。個人的にはプーチン(軍事大国の独裁者)の被害妄想だと思う。だから周辺国の離反が相次ぐ。
※1 森喜朗発言「ロシアが負けることはない」という嘘
※2 日経 ウクライナ支援「生活に悪影響生じても」7割
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